[第1シリーズ] 第2回
「ポケモンの進化と生物の進化:共通点もあるけどメカニズムは別物」Q & A
回答者:真木寿治先生
【 質問1 】
生物にとって死は避けられないものということでしたが、ガン細胞は培養器の中でですが、何十年も生き続けて無限に増殖しているように見えますが、数十世代で分裂能力を失ってしまう通常の細胞と比較して、死を免れているということは出来ないでしょうか。
【 回答1 】
そのとおりですね。分裂能力をなくしてしまう細胞寿命や細胞を積極的に自殺させる細胞死、さらには多くの動植物の個体の死も、生物の遺伝情報の中にプログラムされたものです。がん細胞ではそのようなプログラムに異常が生じて細胞寿命や細胞死をエスケープすることが良く見られます。無限増殖はがん細胞にとっては有利なこともありますが、ヒトなどの個体全体にとっては、がん細胞の出現は不利益が大きいので、そのようながん細胞が出現しないためにも細胞寿命や細胞死の仕組みが簡単には壊れないようにできています。
【 質問2 】
今回のご講演は、実際の生命と想像の生命(ポケモン)を比較して、生命とは?進化とは?多様性とは?を感覚的に理解できるような内容だったと思います。ご講演のあとの所⻑との会話で、人間の体内の寄生の話がでていました。この辺についてもう少し、知りたいと思いますが、どのような書籍がありますでしょうか?
【 回答2 】
2つだけ、入門的な書籍をあげておきます。安価ですが、面白い内容が分かりやすく書かれています。
寄生虫博士のおさらい生物学 (講談社+α文庫)
したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち (幻冬舎新書)
寄生虫博士のおさらい生物学 (講談社+α文庫)
したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち (幻冬舎新書)
【 質問3 】
四倍体のメリットがよく理解できませんでした。突然変異の起こりやすさは倍になりませんか?
【 回答3 】
突然変異の起こりやすさは、塩基あたり、細胞分裂あたりの発生率はほぼ一定ですので、ゲノムの大きさが2倍になれば、ゲノム全体に起きる突然変異の数は2倍になります。それでも、たいへん低い数字なので、生物にとってより有害になることはありません。ヒトの場合、二倍体なので、一つの特定の遺伝子について考えると、その遺伝子は2個あることになります。もし、突然変異が片方の遺伝子に生じると、通常は2個の遺伝子が働くところを1個しか働かなくなるので、生物に影響が出る場合があります(補償作用があるので、影響が出ない場合もあります)。また、そのような片方の遺伝子しか働いていない個体同士が交配した場合には、両方の遺伝子が働かなくなる子が生まれる可能性があり、その場合には大きな影響が出てしまいます。四倍体の生物では4個の遺伝子があるので、そのうちの1個が働かなくなっても、余り影響は出ないことと、1個の遺伝子が働かなくなった個体同士が交配しても、全ての遺伝子が働かなくなったりしません。この意味でも四倍体は有利な点がありますが、正常な遺伝子が常に3個以上あるので(講演では元本保証と言いました)、遺伝子に様々な変異が蓄積することになり、進化的に有利であることを私の講演では伝えたかったのです。
【 質問4 】
最後のお二人が並んで話されてる場面で、ヒトにバクテリアが寄生していなかったら、栄養面でも精神的にも具合が悪くなるというお話がありました。栄養面についてはなんとなく理解できるのですが、精神面についてどのような変化がどうして起こるのか、ご説明いただきたいです。
【 回答4 】
古くから、ヒトだけでなく、多くの動物で、腸の状態が脳(精神状態も含む)に影響し、脳の状態が腸に影響することが知られています(脳腸相関)。お腹の具合が悪いとなんとなくやる気がなくなったり、心配事がある時にはお腹の調子が悪くなったり、思い当たることがありませんか。最近の研究では、腸内細菌が生まれたときから全くいない無菌マウスはストレスに過敏になっていて、通常のマウスから腸内細菌叢を含む便を無菌マウスの大腸に移植すると多動や不安行動が正常になることが報告されています(須藤信行.腸内細菌とストレス応答・行動特性.Brain and Nerve. 2016, 68, 595‒605. J-Stageで無料で読めます)。そのメカニズムが少しずつ分かってきて、ヒトでも同様なのだろうと考えられています。
【 質問5 】
生物進化として新しい世代が作られ、遺伝子も変化していきますが、退化として遺伝子が変化して行く事は有りますか?
【 回答5 】
はい。生物にとって必要がなくなれば退化、さらには遺伝子自身がなくなってしまうことがあります。たとえば、植物や細菌はアンモニウムイオンと糖、若干の硫黄化合物から20種類のアミノ酸を合成できますが、動物は食物からアミノ酸(タンパク質を分解して)を摂取するので、9-10種類のアミノ酸(必須アミノ酸)を自前では合成できなくなっています。これらのアミノ酸合成に必要な遺伝子が動物の進化の過程で失われたと推定されています。
【 質問6 】
生物の進化=生物の多様性と考えて良いのでしょうか?
【 回答6 】
たいへん素晴らしい質問です。生物の進化の結果、生物の多様性が生まれたと言えます。生物が進化できないものだったら、最初に生まれた原始の生物がそのまま、それだけが地球上に存在していることになります。
【 質問7 】
生き物の進化は、自然環境において偶発的に起こるものなのでしょうか。
品種改良によって作出された栽培種は、原種の「進化」と考えられるでしょうか。
品種改良によって作出された栽培種は、原種の「進化」と考えられるでしょうか。
【 回答7 】
生物の進化は地球環境や生物同士の関係が変化することに対する生物の生存戦略、適応の結果として起こります。隕石の衝突など偶発的な部分もありますが、地球環境の変化は時にゆっくりと、時に急激に、継続的に生じるので、偶発的とは言えない側面もあります。栽培種は進化ではなく、種内に存在する変異種を人間が選択することを繰り返してできたものです。
【 質問8 】
ポケモンが進化したときの能力とDNAの関係
【 回答8 】
ポケモンの進化は、個体が別のものに瞬時に変化して、変化した状態が維持される現象です。幼虫がさなぎになって成体になるような、昆虫の変態に近いものです。したがって、DNAあるいは遺伝子が変化するものではなく、もしポケモンも遺伝子を持っているとしたら、ゲノム中の遺伝子発現の変化によって生じると推測されます。
【 質問9 】
ゲームのキャラクターとはいえ、ポケモンを現在の生物分類で考えると…など子どもにも興味を持たせつつ、深く考えられるテーマだと思いました。 質問ですが、
小質問1:
ポケモンの通常の進化は、生物でいうところの成⻑に近いかなとも思います。ですが、最近のポケモンには、地域によって姿が異なるものがいます。これは、ある意味進化といえるのでしょうか。
小質問2:
ポケモンには技を遺伝させるという要素があります。現在の技術では、ある生物の特定の形質だけ意図的に遺伝させる方法はあるのでしょうか。(遺伝子組換えが当てはまるとはおもいますが。)
【 回答9 】
小質問1について:
ポケモンの進化は生物学で言うところの変態(メタモルフォーゼ)のように感じます。地域によって姿が異なるというのは環境の違いで変態が異なるのかも知れません。しかし、進化とは言えないように思います。
小質問2について:
技の遺伝というのは、最初は持っていなかった技をなんらかの理由で獲得して、それを次の世代に伝えると言うことでしょうか?「獲得形質の遺伝」に近いと思いますが、遺伝子は変化させずに、遺伝子の使われ方を次の世代に伝える仕組みが知られています。エピゲノムと呼ばれていて、技術的には意図的に行うことも可能(少し難しいですが)です。