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[第6シリーズ] 第2回

「がんを進化で読み解く」Q & A

回答者:末永雄介先生

【 質問1 】
 肉食目が癌になりやすいといわれましたが肉がどのような仕組みで癌を引き起こしやすいのか・・・・またタバコが癌になりやすいといわれても社会に認知され喫煙禁止になるまで時間がかかりました・・・今でも喫煙する方がいます・・こちらはどのように政府機関にアプローチすれば改善するのか方法はありますか。
【 回答1 】
 食肉目ががんになりやすいという結果は報告されていますが、それが「肉を食べること」と本当に関連しているかどうかは、まだ分かっていません。例えば、進化の過程で食肉目の祖先の個体数が急激に減少し、その結果として遺伝的多様性が低下したことなど、食性以外の要因が関係している可能性も考えられます。
 禁煙についてのご質問ですが、一度習慣となった行動は、たとえ健康への悪影響を理解していてもやめることが難しいというのが現実です。そのため、まずは社会全体で正しい知識が共有されることが重要だと考えます。
 実際、飲酒とがんに関する科学的知見も近年さらに蓄積されています。アルコール飲料は以前から国際がん研究機関(IARC)によって「ヒトに対する発がん性がある(グループ1)」と評価されていますが、その後の研究によって、「ここまでなら安全」と言い切れる飲酒量はなく、少量の飲酒でも発がんリスクはわずかに高まることが示されてきました。そのため、近年では「お酒はほどほどに」という考え方から、「飲まないことが最もリスクを低減する」という方向へ、医療や公衆衛生の考え方も変化しつつあります。
 ただ、がんのリスクがあるからといって、他人から「すぐにやめなさい」と言われても、行動を変えることは簡単ではありません。多くの人が科学的な根拠を知り、その情報を踏まえて自ら飲酒や喫煙をするかどうかを選択できる社会になることが、時間はかかっても最も望ましい変化の形ではないかと私は考えています。
【 質問2 】
 人間も長生きになったので、これから人間にも進化が働いて、将来はゾウのように癌が減るのでしょうか。
【 回答2 】
 進化の力(自然選択)が働くためには、「生き残ること」と「子孫を残すこと」の両方に影響する必要があります。長生きすることは「生き残ること」には関係しますが、多くの場合、がんが増える高齢期は子どもをもうける時期を過ぎています。そのため、高齢期のがんに対しては自然選択が働きにくいと考えられています。
 また、新しい遺伝子が誕生し、生物にとって有利な機能を獲得して集団全体に広がるには、通常は数百万年という非常に長い時間が必要です。現生人類の歴史は約30万年であり、医療の発達によって多くの人が長寿となったのは、この数百年ほどの出来事です。そのため、人類が今後、ゾウのようながん抑制の仕組みを進化によって獲得する可能性は、少なくとも近い将来については高くないと考えられます。
 だからこそ、人類は進化を待つのではなく、がんの予防や早期発見、治療法の開発によってがんに対処してきました。これは、人間が生物学的な進化ではなく、科学や医療の発展によって寿命を延ばしてきたことを示す一つの例だと思います。
【 質問3 】
 悪性のがんは変異と炎症が発症の引き金との事ですが、炎症は免疫細胞がどのように関わるのでしょうが。免疫細胞ががんの餌になるのでしょうか。
【 回答3 】
 まず、「炎症」とは、細菌やウイルスなどの異物や傷ついた細胞から体を守り、修復するために起こる免疫反応のことです。発熱や腫れ、痛みなども炎症の一部です。
 講演の中で、老化が炎症の原因の一つであるとお話ししました。例えば腸では、老化によってバリア機能が低下すると、本来は体内に入りにくい細菌や異物が侵入しやすくなります。すると免疫細胞は、それらを排除するためにサイトカインという情報伝達物質を放出し、さらに他の免疫細胞を呼び寄せます。この反応が続くことで炎症が起こります。
 また、腸に限らず、老化した細胞自身もサイトカインを放出することが知られています。そのため、高齢になると体のさまざまな場所で弱い炎症が長期間続く「慢性炎症」が起こりやすくなります。
 サイトカインには、傷ついた細胞を取り除いたり、傷んだ組織を修復するために細胞の増殖を促したりする重要な役割があります。しかし、この状態が長く続くと、すでに遺伝子変異を持っている細胞も一緒に増殖する機会が増え、結果としてがんへと進展する可能性が高くなります。
 したがって、免疫細胞ががんの「餌」になるわけではありません。本来は体を守るための免疫反応が、長期間続くことで、結果としてがんの発生や成長を後押ししてしまうことがある、という関係です。
【 質問4 】
 薬剤耐性がん細胞を増やさないようにする適応療法について、その遺伝的多様性はどのようにモニターできるのでしょうか。
【 回答4 】
 非常に鋭いご質問だと思います。
 現在の適応療法では、がん細胞一つ一つの遺伝的多様性を直接モニターしているわけではありません。最初に前立腺がんで行われた適応療法では、PSAという腫瘍マーカーを指標とし、その値が十分に低下した時点で投薬を休止することで、薬剤耐性を持つがん細胞が腫瘍内で優勢になることを防ぐという方法が用いられました。つまり、治療への反応という「表現型」から、薬剤感受性細胞と耐性細胞の割合の変化を数理モデルによって推定しているのです。
 最近では、血液中に存在するがん細胞由来のDNA(cfDNA)を解析し、どのような遺伝子変異を持つがん細胞がどの程度存在するかを推定する試みも進んでいます。ただし、DNA配列だけから薬剤への感受性を正確に予測する技術はまだ発展途上であり、解析コストも高いため、現時点では腫瘍マーカーに代わるというよりも、互いを補完する技術と考えられています。一方で、分子標的薬のように特定の遺伝子変異が治療効果を左右する場合には、cfDNAによるモニタリングは非常に有用だと期待されています。
【 質問5 】
 抗がん剤にも耐性を持った細胞が出現するので、その点では抗菌薬や抗ウイルス薬と同じ考え方で開発するのでしょうか。適応療法の考え方を生かして、薬剤耐性がん細胞を抑え込むような新たな医薬品の開発はかのうでしょうか。
【 回答5 】
 ご指摘のとおり、基本的な考え方は抗菌薬や抗ウイルス薬の耐性と共通しています。がん細胞も薬剤による選択圧を受けることで、耐性を持つ細胞が生き残り、増えてしまいます。
 そのため、適応療法の考え方をさらに発展させ、薬剤耐性が生まれにくい治療法や新しい薬剤を開発することは、現在の重要な研究課題です。例えば、がん細胞が耐性を獲得する際に必要となる細胞内経路を特定し、それを同時に阻害できれば、耐性細胞が生まれにくくなる可能性があります。これは「進化の二重拘束(evolutionary double bind)」と呼ばれる考え方です。
 例えると、ネズミがタカから逃げるために茂みに隠れるようになると、その方向へ進化していきます。しかし、その茂みにヘビがいてネズミを捕食する環境では、タカから逃げてもヘビに捕まり、ヘビを避けてもタカに狙われるため、どちらにも適応しにくくなります。
 同じように、薬剤耐性がん細胞が「どこへ逃げるのか」、つまり耐性を獲得するために利用する経路を明らかにできれば、その経路を新たな治療標的とすることで、がん細胞の進化そのものを抑え込む治療法につながると期待されています。
【 質問6 】
 私は80代ですが年齢が上がるとがんになりやすくなるとのこと、だんだん心配になってきます。予防的にはやはりがん検診を受けることでしょうか。苦痛なく簡単に分かる方法はないでしょうか?
【 回答6 】
 ご心配なお気持ちはよく分かります。確かに、がんは年齢とともに発症しやすくなりますが、高齢だから必ずがんになるわけではありません。
 現時点では、がんを完全に苦痛なく、一度の検査ですべて見つけられる方法はありません。そのため、年齢や健康状態に応じて適切ながん検診を受けることが、早期発見・早期治療につながる最も確実な方法です。
 最近では、血液中のがん由来DNA(リキッドバイオプシー)などを利用した新しい検査法の研究も進んでいますが、現時点ではすべてのがんを対象とした一般的ながん検診に代わるものではありません。
 また、がんに関する不安や検診、治療、生活については、全国のがん診療連携拠点病院などに設置されているがん相談支援センターで、無料で相談できます。患者さんやご家族だけでなく、地域の方も利用できますので、不安なことがあれば気軽に相談されることをお勧めします。
【 質問7 】
 基底膜からはみ出た細胞が悪性腫瘍になるという話がありましたが、基底膜が破損しないようになれば、良性のままという解釈でよろしいでしょうか。また、良性という状態は、ながく続くのでしょうか。
【 回答7 】
 まず、基底膜を破って周囲の組織へ広がるという考え方は、主に上皮細胞から生じる固形腫瘍(癌腫)についての概念です。上皮細胞が基底膜を越えて周囲へ浸潤した時点で、悪性腫瘍(がん)と考えられます。さらに血液やリンパ管を通って他の臓器へ広がることを転移といいます。
 一方で、白血病やリンパ腫などの血液がんでは、もともと血液やリンパ系の細胞が異常化するため、基底膜を破るという概念は当てはまりません。これらでは、異常な細胞が体内で増殖し、正常な血液や免疫の働きを妨げることで病気になります。
 また、良性腫瘍は基底膜を越えて浸潤や転移をすることはありませんが、良性であれば治療が全く必要ないというわけではありません。腫瘍が大きくなることで周囲の正常組織を圧迫し、症状を引き起こすことがあります。例えば子宮筋腫は良性腫瘍ですが、月経痛、貧血、不妊などの原因となり、治療が必要になる場合があります。
 さらに、一部の良性腫瘍は長い時間をかけて悪性化することがあります。例えば大腸ポリープ(腺腫)の一部は大腸がんへ進展することが知られています。
 一方、悪性腫瘍は浸潤や転移を起こすため、治療は一般に良性腫瘍より複雑になります。手術だけでなく、抗がん剤や放射線治療などを組み合わせる必要がある場合も多く、早期発見・早期治療が重要になります。
【 質問8 】
 炎症という単語が漠然としていて理解できていません。わかりやすく説明していただけたら。
【 回答8 】
 炎症とは、簡単に言うと、細菌やウイルスなどの異物や傷ついた細胞から体を守るために起こる免疫反応のことです。
 例えば、傷ができると免疫細胞が集まり、サイトカインという情報伝達物質を放出します。その結果、血流が増え、赤みや腫れ、痛みなどが起こります。これは本来、体を修復するために必要な反応です。
 しかし、この炎症が長期間続く「慢性炎症」になると問題になります。老化などによって体内で慢性的にサイトカインが放出される状態では、組織の修復のために細胞の増殖が繰り返され、その過程で遺伝子変異を持つ細胞が増える機会が増え、がんの発生につながることがあります。
 つまり、炎症は本来、体を守る仕組みですが、長く続くとがんを促進する側面を持つことがあります。
【 質問9 】
 がんになりやすい、ということと、進化の可能性が高いということは関係があるでしょうか。例えば、生きた化石と言われるシーラカンスはがんになりづらいなどあるのでしょうか。また、植物にはがんはありますか。
【 回答9 】
 非常に面白い問いだと思います。まさに私自身も興味を持って研究しているテーマの一つです。
 がんになりやすいことと、新しい形質を獲得しやすいことが直接関係しているかどうかは、まだ分かっていません。ただ、がんの発生と進化の両方には、細胞や個体群の中に存在する多様性が関わっているため、両者の間に何らかの関係がある可能性はあります。例えば、新しい遺伝子の誕生や新しい形質の獲得が、個体数の減少や環境変化と関連する可能性、またがん化しやすさとの関連を示す研究もあります。しかし、それが因果関係なのかについては、今後さらに研究が必要です。
 シーラカンスについても非常に興味深い視点です。現時点で、シーラカンスが特別にがんになりにくいという明確な報告はありませんが、長い進化の歴史を持つ生物とがんの関係を調べることは、進化とがんを理解する上で重要な研究テーマになると思います。
 また、植物にも異常な細胞増殖は存在します。例えば、虫こぶのように組織が大きく増殖する現象があります。しかし、植物は動物とは体のつくりが大きく異なり、動物の固形がんで重要な基底膜や転移という仕組みもありません。そのため、植物の「がん」は動物のがんとは異なるものとして考えられています。