こんにちは、リーランド・ハートウェルです。私は生物学的な問題を研究するモデル系として酵母を使い始めたひとりでした。私の興味は細胞がどのように増殖と細胞分裂のタイミングを調節しているのかについてでした。 酵母は出芽して細胞が分裂する単細胞生物です。その分裂様式は核膜が消失しないこと以外は通常の有糸分裂と同じです。この写真の酵母は膜に蛍光タンパク質を発現していて、出芽中の酵母と出芽していない酵母が一緒に写っています。 [細胞膜][核膜][出芽酵母細胞] 酵母を使った研究を通じて、私は全ての真核生物細胞は、4つのステージからなるサイクルで分裂することを見つけました。 細胞はまず、必要な物資を充填して大きくなることが必要です。このステージをG1と呼びます。Gは“ギャップ”を意味します。 次に細胞は細胞分裂に備えてDNAを複製します。これをS期と呼びます。 DNAの複製後に細胞は2つ目のギャップステージ、G2に入ります。ここで分裂に必要なタンパク質や細胞成分を合成します。 Mは有糸分裂のステージです。細胞は分裂し、また次のサイクルを繰り返します。有糸分裂は、それまでの他の3つのステージで起こる全てのイベントを完了していないと起こりません。 前期、中期、後期、終期 私たちはこの細胞分裂サイクルを遂行できない変異株を多く分離しました。私たちは、それらを細胞(cell)分裂(division)周期(cycle)からcdc変異株と呼ぶことにしました。 いくつかのcdc変異株は複製装置の欠損と分かりました。例えば、cdc9はDNAリガーゼの欠損です。 DNAリガーゼはDNA断片をつなぎ合わせるタンパク質です。DNA合成酵素はヌクレオチドを5’から3’の方向に追加していくので、片方の鎖(リーディング鎖)のみが連続した鎖として合成されます。 [リーディング鎖][DNA合成酵素] もう片方の鎖(ラギング鎖)は岡崎フラグメントと呼ばれる5’から3’の短い断片が並んだ形で作られます。DNAリガーゼはこの断片を連続した鎖につなぎ合わせます。 [岡崎フラグメント][DNAリガーゼ][ラギング鎖] cdc9変異株には機能するDNAリガーゼがありません。そのため、岡崎フラグメントはつなぎ合わせられません。複製装置の欠損を持つものが cdc変異株になるのは納得できます。しかし私たちは他のタイプのcdc変異も見つけました。 [cdc9変異] 一般に、放射線に曝されると、細胞はDNA損傷を修復するためにS期に入る前にG1で停止します。 [酵母細胞][X線][DNAダメージ][野生型細胞] 私たちは放射線に曝されてもG1で停止しないrad9という変異株を分離しました。この株は細胞周期をそのまま進行させて、細胞分裂を遂行します。 [rad9変異株] 私たちの仮説はこうです。rad9変異株は放射線で生じたDNA損傷を検出できません。そのため、rad9変異株はDNAが分裂可能な状態になっていないのに分裂して、細胞周期を完了してしまうのです。 私たちはこの考えを検証するため、rad9とcdc9の二重変異株を作りました。cdc9はDNAリガーゼの欠損であり、そのため新たに合成されたDNA鎖の片方が細切れになることを思い出してください。 その二重変異株はラギング鎖が細切れのまま分裂して、細胞周期を完了させてしまったのです。 つまり、rad9はDNA複製が不完全な時やDNAに損傷が起こった時に細胞が分裂するのを止める働きをしているのです。 [DNAダメージ無し] 私たちはそのような働きをする遺伝子群をチェックポイント遺伝子群と呼んでいます。それらはDNA合成と複製のような特定の要件が満たされたときにだけ、細胞周期が次の段階に進むのを許すものです。 私たちは別のチェックポイントで働く遺伝子も分離しました。また、他の生物種でも多くのチェックポイント遺伝子が見つけられています。 こんにちは、ボブ・ホロヴィッツです。マイク・ヘンガートナーです。 リー・ハートウェルが細胞の増殖と分裂のメカニズムについて話してくれました。これから私たちが細胞死のメカニズムについてお話します。 マイクと私は線虫Caenorhabitis elegans (C. elegans)という生物を使った研究をしています。この生物は959細胞しかない、顕微鏡で見える程度の大きさの非寄生性の線虫です。線虫では全ての細胞の系譜と運命が分かっています。 つまり全ての細胞分裂が追跡されていて、959個の細胞のいずれにおいても、それがどこに由来し何をしているのかが正確に分かっています。全ての生物で細胞系譜がこのように固定しているわけではないので、C. elegansの発生はより研究しやすいものとなっています。 受精卵は2つの細胞へ分裂し、その後、線虫を作りあげるのに必要な全ての細胞を作り続けます。 [受精卵] その細胞系譜の中のある細胞群については、死ぬことがプログラムされています。発生の過程でいつも同じ細胞が同じタイミングで死ぬのです。 [細胞死] この、プログラムされた細胞死、または細胞自殺の現象はアポトーシスと呼ばれていて、損傷やダメージによる死とは同じではありません。アポトーシスは、余分な、不要な細胞を消去する方法として使われるもので、C. elegansだけに見られるものではありません。 C. elegansは実際には、発生段階で1,090個の細胞を生じます。最終的に131細胞が死ぬようにプログラムされているために959細胞になります。 実際に細胞が死ぬところを見ることができます。この写真では矢印の細胞が分裂しています。その娘細胞の片方はプログラムされた細胞死に向かいます。 [C. elegansの胚] 先の写真の細胞は分裂し、矢印で示す2つの娘細胞になります。分裂は不均等で、左側の小さい方の細胞が死を迎えます。 死んでいく細胞は光の反射具合が違い、独特の形状に見えます。隣の細胞は死んだ細胞を取り囲み死骸を取り除きます。 この経過を記録した動画は、この章のビデオで見ることができます。 私たちは細胞死のプログラムを行う遺伝子群に興味を持つようになりました。私たちはそのような遺伝子群を細胞死異常(cell death abnormal)という意味から、cedと呼んでいます。その代表であるced-3はプログラム細胞死が起こるのに必要なタンパク質をコードしています。 CED-3タンパク質は他のタンパク質を積極的に分解するプロテアーゼです。ced-3変異体では、通常、死んでしまう細胞が死なず、分裂した姉妹細胞と同等に機能するように見えます。 [ced-3変異体][細胞生存] もうひとつのced-9という遺伝子は生き延びるべき細胞のプログラム死を防ぐタンパク質をコードしています。別の言い方をすれば、CED-9タンパク質は細胞の生存を促進します。ced-9の変異は通常生き残る細胞に、死をもたらします。 [ced-9変異体][過剰な細胞死] CED-3タンパク質とCED-9タンパク質は相互作用します。CED-3プロテアーゼはCED-9タンパク質があるときは常にCED-9タンパク質に作用します。このことによりCED-3が細胞を殺すのを妨げます。 [ CED-3/CED-9相互作用] [執行猶予] 実際、CED-9タンパク質がより多く存在すれば、細胞死をより強く妨げます。もしCED-9タンパク質が十分あれば死ぬことになっている細胞さえも細胞死から守られます。 [過剰なCED-9] [細胞死無し] 遺伝子データベースをced-3とced-9の配列で検索すると、ヒトにも似た遺伝子、caspase-9とbcl-2が見つかりました。これらの遺伝子はヒトで細胞死に関する同等の機能を持つタンパク質をコードしています。実際、C. elegansのced-9をヒトのbcl-2遺伝子に置き換えても、C. elegansの細胞死を妨げました。 [CED-9とBCL-2の40アミノ酸の比較] 細胞増殖と細胞死の制御におけるこれらの遺伝子の役割を考えると、これらの変異はがんを引き起こす、チェック機能の欠失や無秩序な増殖の一因となります。 こんにちは、スコット・レーベです。私はがんでの細胞死の調節に興味があります。p53はがん抑制遺伝子として知られています。p53遺伝子を両コピーとも欠失させたマウスは悪性腫瘍を多発します。 p53は酵母のrad9遺伝子と同様に、DNAの状態をモニターするチェックポイント遺伝子のひとつであることが分かりました。p53タンパク質レベルはDNAダメージによって上昇し、細胞はS期に入る前に停止します。 DNAダメージが甚だしい場合、高レベルのp53が細胞死プログラムをスタートさせ、細胞は死にます。 そしてbcl-2は細胞死プログラムから保護し、細胞を生き延びさせます。 つまり、細胞死、修復、細胞周期停止の経路は、p53がん抑制遺伝子を通じてがんの増殖とつながっているのです。 [DNAダメージ][ダメージ応答][細胞周期停止と修復][細胞死/caspase-9] 言い換えれば、がんは細胞増殖の抑制がきかずに増殖し続けるものというだけでなく、死ぬべきときに細胞が死ななくなった結果であるともといえます。
逆説的ですが、がんは過剰な細胞増殖の問題であると同時に、不十分な細胞死の問題であると科学者は信じています。
なぜプログラムされた細胞死が必要なのか?なぜ生物個体は余剰な細胞があるといけないのか?