こんにちは、私はマイケル・ウィグラーです。 生物は似通った遺伝子を共有しています。なぜならそれらの遺伝子は共通の祖先から受け継がれているからです。ヒトと酵母でさえも、似通った遺伝子を共有しているのです! [酵母][ヒト][ショウジョウバエ][線虫][粘菌][トウモロコシ][シロイヌナズナ] 私は、ヒトのras遺伝子のようながんに関わる遺伝子に興味を持っていました。ras遺伝子は、例えば、たばこの煙に含まれる炭化水素などによって変異が起こると、制御の利かない細胞の成長や増殖を引き起こします。 ras遺伝子は、がんの原因となるために存在しているのではありません。私たちはrasが普段は何をしているのかを突き止めたかったので、同じ遺伝子やホモログを、酵母で探しました。もし酵母がrasを持っていれば、ヒトの代わりに酵母を使って、ras遺伝子の本来の役割を調べることができます。 今日では巨大なデータベースがあるので、そこからホモログを検索することはいとも簡単にできます。しかし1980年代初頭には、私たちはDNAハイブリダイゼーション法を使ってホモログを探索しました。 放射性同位体で標識したヒトのras遺伝子の断片をプローブ(探針)として使って、酵母の全ゲノムを含む遺伝子ライブラリーをスクリーニングしました。私たちは、プローブに結合するいくつかのクローンを探し出しました。 [クローンDNA] これらのクローンは全て、同じ遺伝子の一部を含んでいました。それが酵母のras遺伝子でした。私たちは、遺伝子配列の決定を行い、アミノ酸配列を推定して、ヒトの(ras遺伝子の)配列と比較しました。 [酵母][ヒト] 黄色の網掛けは、酵母とヒトの ras遺伝子からできた、それぞれのタンパク質で一致するアミノ酸を示しています。ご覧の通り、2つのタンパク質のアミノ酸配列はとても似通っています。ヒトと酵母が共通の祖先より分岐してから10億年もの間、この遺伝子が保存され続けたことを意味します。 どの真核生物もこの遺伝子を持っています。そして全てのタンパク質はそれぞれ似通っています。 [酵母][粘菌][ショウジョウバエ][トリ][ヒト] このタンパク質配列は、これらの生物の基本的な細胞活動に必須なため、保存されてきたのです。事実、酵母の全遺伝子のうちの33%が、私たちヒトのゲノムでも保存されています。 遺伝子の塩基配列を比較した場合でも類似性を見ることができますが、タンパク質ほどの保存性は見られません。 これは遺伝暗号が重複しているためです。ほとんどのアミノ酸は、2〜6個の異なるコドンによって暗号化されています。このため、ひとつの塩基の変化が必ずしもアミノ酸の変化をもたらすとは限りません。下に示した配列中では、21個の一致しているアミノ酸のうち18個が異なるコドンで暗号化されています。 [手のマークにカーソルを合わせて拡大] ここまで、2つのアミノ酸配列がとても似通っているため、2つの遺伝子は構造的にホモログであると述べてきましたが、必ずしもそれらが同じ役割を果たすとは限りません。2つの遺伝子が同じ機能を持つかどうかを明らかにするために、私たちは、ヒトの遺伝子を酵母細胞に導入してみました。 この実験にはras遺伝子を欠損する酵母の株を用いました。この株はleu遺伝子も同時に欠損していたので、この酵母株を培養するには、培地にアミノ酸のロイシンを加える必要がありました。 [酵母のDNA] そして私たちは、酵母の培養液にプラスミドを加えました。このプラスミドには、機能するLEU遺伝子とガラクトースプロモーターによって制御されるヒトのras遺伝子が含まれていました。 [galプロモーター][ヒトのras遺伝子] 私たちはプラスミドを切断して直鎖状にし、酵母培養液に加えました。いくつかの酵母細胞では、そのプラスミドは酵母のDNAに取り込まれました。 ロイシンを含まない培地上にこの酵母培養液を広げることで、プラスミドが取り込まれた酵母細胞を単離することができました。 プラスミドが取り込まれてLEU遺伝子を獲得した酵母は、この培地上でも生育し、繁殖します。 次に、形質転換された酵母を飢餓状態にして、胞子の形成を促しました。それぞれの酵母細胞は、ひとつのカプセル(胞子嚢)に入った4つの胞子を形成します。 同じ細胞由来の胞子を異なるプレート培地に分けて載せ、発芽の様子を観察しました。これまでの経験から、酵母の胞子はras遺伝子が無いと発芽しないことは分かっていました。 [+ グルコース][+ ガラクトース] グルコース培地ではどの胞子も発芽しませんでした。なぜなら、ガラクトースプロモーターは、ヒトras遺伝子を発現するのにガラクトースが必要だからです。 ガラクトース培地では、ヒトras遺伝子が転写され、これらの胞子が発芽しました。 なぜ、ヒトのrasが酵母のrasと入れ替わり、変異した酵母を救ったのか、もう少し詳しく見てみましょう。(アミノ酸の種類は一行目のみ明記してあります。残りのアミノ酸残基はダッシュで示してあります。) 赤の矢印はとても高い相同性を示した最初の80残基を示しています。この領域では、90%のアミノ酸が2つのタンパク質間で共有されています。 この領域の一部がシグナル伝達の間にGTPに結合します。この働きは、酵母からショウジョウバエ、ヒトに至るまで全てのrasタンパク質で行われていました。 [rasタンパク質] GTP結合領域は保存されています。なぜなら、この領域でのアミノ酸置換の多くは、タンパク質の構造変化を起こすからです。例えば12番目のグリシンが置換されると、結合領域から近隣の残基を遠ざけます。構造の変化を見るには、手のマークをクリック。 この変異はGTPからGDPへの加水分解を妨げ、その結果、タンパク質がずっと活性化されたままになります。言い換えれば、この変異により正常なヒトのras遺伝子はがん遺伝子、すなわち、制御されない細胞の増殖やがんを引き起こす遺伝子へと変わるのです。ヒトのがんの20%はこの変異したrasを持っています。 このドメインの他の部位は、置換されたアミノ酸が似ていれば、多少の変化には寛容です。酵母では、11番目のアミノ酸は一番小さいグリシンですが、ヒトでは、二番目に小さいアラニンになっています。タンパク質の構造に変化はありません。 更に私たちは、このタンパク質の高度に変化しうる領域に気づきました。これらのいくつかはタンパク質の機能に重要ではありません。たとえばrasタンパク質の最初のほうは、アミノ酸が変化しているだけでなく、残基の数も異なっています。ヒトではこのタンパク質の最初のほうは、3個ですが、酵母では10個もあります! ヒトのrasは、この部位のアミノ酸が全く性質の異なるアミノ酸と置き換わっても、タンパク質の機能に影響を与えることはありません。 こんにちは。私はハロルド・ヴァーマスです。そして私はマイケル・ビショップです。 保存された遺伝子は、ダーウィンが描いたとおりの進化の道のりを教えてくれます。すなわち、種はその祖先種から、変化を受けながら形質を受け継いでゆく、ということです。 しかし遺伝子は必ずしも一方向に受け継がれる訳ではありません。生物種によっては、他の生物から遺伝子を盗むこともあります。私たちは、がんを引き起こすレトロウイルスを研究していたとき、あるウイルスがニワトリから遺伝子を盗んでいることをつきとめました。 思い出して下さい、レトロウイルスは、遺伝情報をRNAとして保持しています。典型的なレトロウイルスは、たった3つの遺伝子しか持っていません。 がんを引き起こすウイルスはもうひとつ遺伝子を持っています。 [レトロウイルス][がんウイルス] 私たちの研究は、2つのトリ肉腫ウイルス(ASV)からスタートしました。ニワトリでがんを起こす野生型のASVと、がんを起す遺伝子(src)を持たない変異したASVです。最初のステップは、srcのプローブを単離することでした。 逆転写酵素を用いて、野生型のウイルスから一本鎖cDNAを作り、これを放射性水素でラベルしました。このcDNAを、変異したウイルスから単離した一本鎖RNAと混ぜ合わせました。 相補的な遺伝子配列はお互いハイブリダイズして、二本鎖の分子を形成しました。変異したウイルスにはsrc遺伝子が無いので、srcのcDNAは一本鎖の状態のまま残りました。 こうして単離した一本鎖のsrcのcDNAが、私たちが使うプローブとなったのです。まずこのプローブを、一本鎖にしたニワトリのDNAと結合させた後、他の相補鎖も自由に会合させました。 次に、余分な一本鎖DNAを、S1ヌクレアーゼを用いて除去しました。S1ヌクレアーゼは、一本鎖DNAだけを選択的に分解します。こうして放射活性のあるハイブリッドだけを残しました。プローブに結合していたのは、ニワトリが元来持つsrc遺伝子でした。 ところで、ニワトリのsrcとウイルスのsrcのどちらが先に現れたのでしょうか?私たちは同じプローブを使って、他の動物のsrc遺伝子を探しました。トリ、ヒト、マウス、サケには、src遺伝子が存在しました。しかし、無脊椎動物と細菌には存在しませんでした。 [ウズラ][ヒト][マウス][サケ][ウニ][大腸菌] さらなる研究で、ウイルスのsrcはニワトリの遺伝子に最もよくハイブリダイズすることが分かりました。ウイルスのsrcがニワトリのものに最も似ているということから、このウイルスがsrcを上記の全ての動物に付与したとは考えにくくなりました。我々は、このウイルスがニワトリから遺伝子を盗んだと結論づけたのです。 これを裏付ける証拠が、ウイルスとニワトリのsrc遺伝子の構造を比較する過程で見つかりました。ウイルスsrc DNAがニワトリのsrcにハイブリダイズする際に、ニワトリの遺伝子にあるイントロンがループを形成しました。他の真核生物の遺伝子と同様に、ニワトリのsrcはイントロンを持っています。 ウイルスはニワトリの遺伝子を捕捉した際に、これらのイントロンをトランスダクションと呼ばれる過程で排除します。この過程は宿主の2ヶ所に挿入された2つのウイルスによって行われます。 時には、ウイルスはsrcのようながん遺伝子の隣に挿入されます。もし下流のLTR(ウイルスの挿入に必要な配列)が失われていたならば、がん遺伝子はDNAが転写されるときにウイルスと共にコピーされます。 src遺伝子のイントロンはスプライシングにより除外されます。その間に、RNA合成酵素は別のプロウイルスを転写します。この正常なウイルスRNAはウイルスキャプシドを作ります。 2つのRNAはキャプシドの中にパックされ、そこで組換えが起こり、再結合に必要な両方のLTRとgag、env、pol、src遺伝子を持つウイルスゲノムが作られるのです。 このウイルスは宿主に感染すると、がんを引き起こします。なぜなら通常はあまり発現量が多くないsrc遺伝子が、強力なウイルスのプロモーターで制御されるためです。srcタンパク質が過剰に作られ、制御できない増殖が起こるのです。
ヒトとチンパンジーのゲノムはほとんど同一です。DNA配列は99%が同じです。
類似したゲノムを持っているのなら、なぜこんなにも違った姿をしているのでしょう?